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2004/04/23 「テロなんて俺たちに関係ない」・・・のか?(クンデラ「存在の耐えられない軽さ」は面白いか?)


テロに対して無関心な同僚を軽蔑していると書いたところ、

戦争はひとごと、テロなんて関係ない
というスタンスは普通だと思ってた訳ですが・・・
やなことはなるべく考えないようにってのは哀しい性なので。

などと書かれたメールを受け取った。
しかし俺が思うところでは、このメールを書いてきた人物は全く軽蔑になんて当たらない。そう感じたとき、
ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を思い出した。


例によってこの本の主題に深く関わる部分ではないのだが、テレパシーについての記述に心を動かされた。
(ついでに言うと、ストーリーなんて忘れた)。

「tele」は、telephone という言葉にもあるように「離れて」という意味であり、「pathy」は「passion」
であると。passion(感情)を離れて理解するというのが、テレパシーであると。そして passion はもともと
キリストの受難を指しており、「感情」というより直接的に「苦痛」のことだと。テレパシーというのは、
別々の人格/魂であるところの人々が、それにも関わらず他人の苦しみを分かってやれることだと。
そうクンデラは書いていたように記憶している。
同時に前もって言っておくが、俺の記憶はよく改竄されてしまうようなのでもある。


例えば言葉。
当たり前のものとして使っているこの文字たちによって、俺の気持ちが伝わるという不思議な奇蹟。
この、希望。


「テロなんて俺には関係ない」と思うことでしか自分を救えないように思える瞬間というのは俺にもあるの
だが、そう思うことは何か大切な可能性を捨てることを意味しているのではないか・・・というおそれ・・・


まあ、先に書いた同僚の話に限って言えば、彼女についてはそれまでも「何でそんな酷いことが言えるの?」
と思わされるところがあり、他人の苦しさに対する想像力が欠落していることにはムカムカさせられてきた
ということもあった。



地平線に目を凝らす。

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