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2004/02/04 (ツァラトゥストラ)山の木について



「だが、わたしの愛と希望にかけて、わたしはきみに懇願する。きみの愛と希望を投げ捨てるな!」


  ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」の中で今も昔も私が大好きなのが、この第一部八章だ。ここで
は自分を高めたいと思う若者が、その登高に疲れきっている時にツァラトゥストラと出会い話す。

  若者は自分の変化(そしてそれが惹き起こす周囲の変化)に狼狽する。
  わたしの今日はわたしの昨日を反駁するのだ。
  若者は日々自分の過去を乗り越え、より高くあろうと、より自由になろうとする。しかしそのことは、昨日自
分が肯定していた価値を今日は否定しなければならないという現実として現れ、若者を困惑させる。結果として
若者は自分自身をさえ信じられなくなってしまっている。今そこにある真実が明日には偽りになるのだと分かっ
ていてなお、自分を信頼できるだろうか?  しかもそれは自分の「高い望み」が理由なのだとしたら。
  自分がより高くあろうとし続けるために、その神聖な理想のために、目の前にある愛しいものや大切なものを
捨てなければならない。彼の疲労を想像すること。

  高く登ると、わたしはつねにひとりぼっちだ。(略)いったいわたしは、高みで何を欲求しているのか!
  当然にも彼は一人だ。彼は「階段を跳び越す」ように、彼の大切な人たちをも乗り越えていくからだ。そして
彼は一歩ずつ高みに近付くが、その登高に終わりはあるのだろうか。
  わたしは高みにいてどんなに疲れていることか!

  ツァラトゥストラはそこにある木について語る。この木は高く育ち、そして今や何を待っているのだろうかと。
おそらく最初の電光を待っているのだろう、と。
  もちろん木とは疲労に潰されそうになっている若者のことだ。では「電光」とは?  それは没落のことだ。
  
  若者はそれを聞き、「あなたは私が待っていた電光なのだ!」と叫び、激しく泣く。
  
  ツァラトゥストラは若者を抱くようにしてそこから連れ去り、そして話しかける。「わたしの心は張り裂ける。
きみの言葉より雄弁に、きみの目はきみの危険のすべてをわたしに告げる」と。若者の希望、そしてその自然で
はあるが残酷な成り行きに対して、ツァラトゥストラは言う。
「だが、わたしの愛と希望にかけて、わたしはきみに懇願する。きみの愛と希望を投げ捨てるな!」

  高くあろうとする魂が、この若者のように疲労しないことが有り得るはずがない。そしてその疲労が当然の帰
結なのだとすれば、私たちに何ができるだろうか。ニーチェがツァラトゥストラに言わせた言葉は重い。愛と希
望以上のものをかけられるはずはない。なぜなら「愛と希望」というのは「最も価値のあるもの」の別の言い方
だからだ。その愛と希望をかけて、できることは「懇願」だ。
  私たちは私たちの理想を、懇願するようにして信じることしかできない。
  しかしそれでもそれは理想だ。それは見捨てられないものだ。
  私は胸を打たれる。

  電光、没落とは何か?
  それはここでは説明できない。考えること。


「だが、わたしの愛と希望にかけて、わたしはきみに懇願する。きみの魂のなかの英雄を投げ捨てるな!  きみ
の最高の希望を神聖なものとして尊重せよ!」




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