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2003/09/20 Sさんの死


  私のいる会社では、社員や関係者が亡くなった時などに、FAX で各事業所に連絡が届く。
事業所では、それを社員に回覧して通知する。お通夜や葬儀の連絡手段でもあるので、こ
れは通常迅速に行われる。
  なぜ他の多くのことのようにEメールやイントラネット内掲示板などが利用されないの
か、それは分からない。とにかくそれはそうされる。

  そしてある日、それは回覧されてきた。
  私の会社でも相当に偉い人(仮にSさんとする)の死を伝えるものだった。
「葬儀はxx日、xx県xx市・・・、喪主は・・・」
  体調が悪いという話は噂に聞いていたが、それにしても突然の知らせだった。私は悲し
く感じた。
  正直に言って、全く知らない人の死を告げられても、私は厳粛な心持ちになりはしても
悲しくは思わない。
  しかしSさんは私のいる事業所との関わりが深く、良く顔も知っている人だった。何度
か宴会でも同席することがあり、言葉を交わしたこともあった。仕事で話す機会はとても
とても少なかったが、なかったわけではない。Sさんは、私のように立場の低い人間と話
すときも、丁寧さと礼儀を失わなかった。
  社員が情報処理関連で技術資格を取得したと知ると、SさんはEメールを送っていた。
基本的には「おめでとう。ますます頑張ってください」というだけの内容のメールではあ
ったが、Sさんの立場でそんなことができる人というのは他にいない。技術資格を取得す
る人なんて、たくさんいるのだ。
  人の上に立つということがどういうことなのか、意識的だったのだと思う。
  知的で毅然とした印象が思い返される。
  つまり、私はSさんに好感を持っていたということだ。


  葬儀の次の日だったか、Eメールが送られてきた。
  転送に転送を重ねたため、いろいろな人のコメントが付けられ、タイトルは長大化し、
肝心の本文は多くの転送記号で見辛い程だった。
  それはSさんの文章だった。

  Sさんの家でフロッピーディスクが見付かり、その中にいろいろな文章が残されていた
という。そのうちの社員へ向けたメッセージが転送されてきた、ということらしかった。
  死期が遠くないことを知っていたのだろう。
  自分の死、それを意識して、さらに誰かにメッセージを残そうと思えるところがSさん
らしかった。自分が死んだ後の世界に、無関心でも無責任でもないのだ。
  ぐっと込み上げる気持ちがあり、胸が詰まった。
  さっぱりとした文章で、すぐに読み終わるような長さだったのだが、私はその文章をし
ばらくの間繰り返し読み続けていた。

  Eメールはいろいろな人から送られてきた。正式な文書伝達ルートなんて誰にとっても
どうでも良いものだった。「あのSさんの最期の言葉だ」。それぞれが伝えたい人に転送
していた。それぞれの人の中でSさんに対する想いがあったのだろう。私にとっては単に
中間の転送者に過ぎない見知らぬ社員とさえ通じ合うものを感じた。ほぼ同時にそのEメ
ールを読んだらしい近くの席の同僚が泣きそうになっていた。こんなことは二度と無いか
もしれないと思った。後で知ったことによれば自分の遺産の一部をユニセフに寄付するよ
うに遺言していたというSさん。現実にするのは簡単なことではないと思えることをいく
つも見せられてきた気がする。
  私は「転送」ボタンをクリックした。


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